藤野先生
「藤野先生」こと藤野厳九郎(ふじの げんくろう)は、福井県出身の解剖学者で周樹人が入学した当時は30歳。ちょうど教授になったばかり。解剖学は一年生の必修科目で、藤野先生の授業は週4時間受講することとなっていた。
「私の講義は、筆記できますか」と彼は尋ねた。
「少しできます」
「持ってきて見せなさい」
私は筆記したノートを差出した。彼は、受け取って、一、二日してから返してくれた。そして、今後毎週持ってきてみせるように、と言った。持ち帰って開いてみたとき、私はびっくりした。そして同時に、ある種の不安と感激とに襲われた。私のノートは、はじめから終わりまで、全部朱筆で添削してあった。(「藤野先生」より)